職業教育の未来を考える 〜特別編〜 トークセッション vol1. 吉本圭一先生(滋慶医療科学大学教授) 井手修身先生(イデアITカレッジ阿蘇 学校長)

キャリアマップ事務局

 

人口1万人の村から発信する新しい職業教育の形。
“出口”から発想する「イデアITカレッジ阿蘇」の挑戦

~前編~

2022年4月、熊本県南阿蘇村に開校した「イデアITカレッジ阿蘇(略称IICA=イーカ)」。熊本県全域、とりわけ阿蘇エリアに甚大な被害をもたらした熊本地震(2016年)からの復興を象徴するニュースとして注目される一方、産業界と直結したIICA独自の教育内容にも大きな期待が集まっています。
とりわけ特徴的なのが、IICAの趣旨に賛同する企業自身が講師となり、企業の人材ニーズにカスタマイズした授業を展開する「注文式教育」。出口、つまり卒業後に求められる職業能力の育成という観点から設計された、きわめて実践的な職業教育のスタイルであり、企業の側から見れば、連携や提携の域を越えて教育そのものに参画するという、大胆かつ画期的な手法です。もうひとつ、人口1万人の村という、専門学校の常識を大きく超えた立地条件も際立った特長といえるでしょう。
今回は、専門学校における職業教育のあり方を一歩も二歩も進めたIICAの独自性を探るべく、職業教育研究の第一人者である吉本圭一先生が現地へ。IICA創設者であり学校長と理事長を兼務する井手修身氏と忌憚のない意見交換を行いました。職業教育の未来を展望する機知と示唆に富んだトークセッションのようすを、2回に分けてお届けします。

 

 

吉本圭一氏プロフィール
滋慶医療科学大学教授 九州大学名誉教授
1978年東京大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科を経て2005年、博士(教育学)取得。2008年から九州大学人間環境学研究院教授、主幹教授の称号、教育学部長、第三段階教育研究センター長を歴任。2020年より滋慶医療科学大学へ。
専門は教育社会学。特に大学・短大・専門学校等の第三段階教育を中心に、実証的政策科学的な研究教育に従事。学術と職業の往還する職業統合学習に注目し、現在、日本職業教育学会会長ならびに日本インターンシップ学会会長を務める。

井手修身氏プロフィール
イデアITカレッジ阿蘇 学校長・理事長
熊本県南阿蘇村出身。熊本大学卒業後、1986年、㈱リクルート入社。同社在籍中、後にライフワークとなる地域活性事業に携わり、2006年、地域活性化の企画プランニングを手がけるイデアパートナーズ(株)を福岡市で設立。内閣府の「地域活性化伝道師」に任命され、観光振興や集客施設の立ち上げなど、九州を中心に100以上のプロジェクトを手がける。2016年以降、震災復興の一環として南阿蘇村への学校誘致活動に関わる中で自ら専門学校設立を決意し、2021年3月、学校法人イデア熊本アジア学園設立。2022年4月より現職。

 

常に社会と企業のニーズに対応できる学校でありたい――設立の理念

吉本 まずは設立の経緯と背景についてうかがいます。今回の学校設立の背景には、やはり震災、とりわけ東海大学移転の影響があったのでしょうか。

井手 はい、震災以前はここ南阿蘇村に東海大学農学部のキャンパスがありましたが、熊本地震で全壊し、3年前でしたか、撤退が決まって。村から「なんとか再び学校誘致を」と要請を受け、最初は私も誘致に関わっていたのですが、人口1万人の村に学校を呼ぶとなると、採算面を考えてもハンディが大きく、なかなか… それで最終的には、私が作りましょう、と。震災復興の流れで、学校の建物も村から借りています。以前は村の保健センターだったところです。

吉本 設立の狙いはどのような?

井手 背景からお話しすると、私自身が地域活性の仕事に30年ほど関わる中で、地域の担い手不足や全国的な人口減少の現実に直面してきました。その解決策を模索する過程で見えてきた処方箋の1つが外国人材の活用なのですが、今のところ外国人材が日本に定着できる枠組みは技人国の高度人材しかないのが実情です。一方、2030年にはIT人材が全国で年間80万人不足するといわれています。こうした背景から、グローバルに人材を受け入れてIT人材を育成する学校を、ここ南阿蘇で立ち上げたいと考えたのです。

吉本 なかなか欲張りでいいですね(笑)。グローバルといえば、早くも1期生から外国人学生が目立ちます。

井手 はい、1期生33名中、10名が外国人です。

吉本 ええと国籍は…インド、ネパール、中国、フィリピン、ミャンマーですか。

井手 ミャンマーの子たちは入管の審査の関係でまだ入国できず、今はオンラインで授業に参加しています。

吉本 リアルに講義を受ける学生とオンライン参加の学生と。ハイブリッドですね。

井手 ほかにも、英語の授業は講師がカナダ人なので、バンクーバーとつないだ完全オンライン授業です。この阿蘇の山里において、グローバルかつハイブリッドな学びを実践できている恰好です(笑)

吉本 いいですね。教育目標についてもうかがえますか。

井手 阿蘇から世界で活躍できる人材を送り出すために、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変え、自分と世界を幸せにする人材」という人材像を設定しています。これは私の古巣でもあるリクルートの旧社訓を発展的にアレンジしたものです。また目指すべき学校像として、変化を許容しながら、常に社会と企業のニーズに対応できる学校でありたいという思いを込めて「永遠に完成しない、進化し続ける学校」を掲げています。それとディプロマポリシーについては、「専門力、人間力、国際性」の3つです。

 

 

ナマの企業ニーズにどこまでフォーカスできるか――永遠の課題

井手 インターンシップも含め、注文式教育の考え方は「IICAの教育は出口が明確であるべき」ということに尽きます。私も企業人なので、出口とミスマッチな内容を教えても意味がない、今のニーズに真にマッチしたものにカスタマイズしたいという思いがあって。現実には、企業の採用ニーズや育成ニーズにどこまで対応できるか、これはたいへん難しい命題ではあるけれど、かなりの部分まで盛り込めているのではないかと自負しています。

吉本 具体的にはどのような形ですか。

井手 国内有数の観光地であり、世界農業遺産にも認定されている阿蘇という立地を最大限に活かすべく、観光×IT、農業×ITといった「阿蘇×DX」のカリキュラムを用意しています。エンジニア育成に特化した取り組みでは、サイバーセキュリティの専門コースを2年次に設定。これは九州内では大学でも国立大学にしかなく、専門学校では初めてではないでしょうか。

 

吉本 サイバーセキュリティもそうですが、科目のスペックはどこで決めているのですか? 企業が決めるのですか、IICAで選ぶのですか。

井手 そこも含めて、シラバスの内容を授業の中身にどう落とし込むかが、いちばん悩ましいところです。開校したばかりということもありますが、それこそ永遠に進化し続ける、走りながら考える学校ですから、メーカーのIT領域での実務経験が豊富な事務長を中心に、いろんな企業とやりとりしながら、2年次のカリキュラムを練り上げているところです。

吉本 私自身の研究でも、今そのあたりのテーマにフォーカスしています。ITSS(ITにかかるスキルズ・スタンダード(技能基準))にはどの程度、適合していますか? ITSSは日本で開発してアジアに広げようとしている新たなグローバル基準ですから、後付けでもいいので、ウチはITSSのここに紐づけてこの科目を…というような説明ができるようになると、高校や保護者などに対する説得力も違ってくると思います。

井手 企業ニーズ重視のカリキュラム編成を急いだ関係で、ITSSの体系に沿った組み直しを進めているところではありますが、正直まだ完成には至らず、といった現状です。

吉本 まだスタート段階ですからね。ちょっと話が脱線しましたが、さきほどの出口議論を続けると、グローバルITビジネス学科のゴールの体系づくりは、なかなか難しいのではないですか。農業と観光の関連でいえば、六次産業の一次二次三次を一気通貫で見れる人、といった国策的な人材要件も想定できそうですが。

井手 そこも悩みどころです。グローバルITビジネス学科で想定する主たるゴールに観光業があり、当初は学科名にも観光の二文字を入れる構想でしたが、IICAのカリキュラムはいわゆる観光ホスピタリティ学科的な学びとはまったく異質で、デジタルマーケ、インバウンドマーケといったIT利活用の側に厚く寄せた内容になっています。さきほど先生がおっしゃった六次産業でいっても、きちんと形にしている企業は数少なく、そういうことを学ばせたいとは思うものの、なかなか就職に結びつきにくい現状があります。

 

吉本 以前、文科省所管の成長分野における中核的専門人材養成プログラムの研究開発を受託し、観光分野で検討することになり、長崎の大学と協働したんですが、たとえば雲仙だと、対象となる企業は結局、現地の中小の旅館になってしまうという視野が限定される問題がありました。

井手 そこなんですよ、昨今では観光業界というと、楽天やブッキングコムといったOTA、つまりIT企業の名前が先に上がる状況です。業界のプレイヤーが変わったんですね。

吉本 ただ俯瞰的に見ると、観光学科と銘打たなかったからこそ、IICAの方向性が明確になったということもできますね。井手 内部で議論を重ね、育成範囲を観光に絞ると齟齬が生じる、先生がおっしゃる六次産業人材なども含めて、マーケティング技術を持ったサービス人材と考えるべきだろう、と。旅館やホテルにしても、物販やテイクアウト、ECサイトの構築・運営などに関わる人材は今後一層求められてくるはずです。ただ、中長期的には必ず復活する業界ではありますが、当面は苦戦が予想されるだけに、観光業の出口をどう担保するのか、私たちとしても非常に悩ましいところです。

 

 

IICA開校に際して、校舎の隣に新設されたICT交流センター。その一角、建材の一部に震災後の仮設住宅の木材も使われたという、穏やかな木の香ただよう会議室が、お二人の対論の舞台でした。和やかに始まった対話は、しかし徐々に熱を帯び、話題はIICAが目指す職業の核心ともいうべき「注文式教育」へ。この後、「職業教育研究の第一人者」と「地域活性化伝道師」の熱のこもったトークは、33名の1期生のプロファイル、地域社会も含めた厚いサポート体制、そして職業実践専門課程への対応と、いよいよ佳境に入ります。引き続き後編をご一読ください。

~後編に続く~

 

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