「世界に頼られる日本」となるべく、新しい観点からのリスキリングに挑戦。 ~米倉 誠一郎先生(法政大学大学院教授・一橋大学名誉教授)

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社会に出てからも学び続け、自分の価値を高め続けたい。そんな意志を抱く社会人が増えている今、リカレント教育やリスキリングといったキーワードに注目が集まっています。イノベーションをテーマにした研究で日本のトップを走り続けている米倉誠一郎先生は、リスキリングの新たな試みとして、これからの日本の未来をソーシャル・イノベーションで支えていく人材の育成に乗り出しました。

その場こそが2020年に開学した、「クリエイティブ・レスポンス-ソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)」です。ソーシャル・イノベーションとは、社会課題を革新的手法によって解決すること。CR-SISにはNPOリーダー、経営者、大学教授などソーシャル・イノベーションのトップを走る講師陣が集結し、インタラクティブな議論と実践的な課題解決手法によって受講生の知見を広げていこうとしています。

今後、職業教育に特化した専門学校も社会人に積極的学びの場を解放していくことになるでしょう。米倉先生にCR-SISの特色などを伺いながら、リカレント教育やリスキリングへのヒントとなるものを伝授していただきました。

 

クリエイティブ・レスポンス-ソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長

米倉 誠一郎氏

1977年一橋大学社会学部、79年同大学経済学部卒業。81年には同大学大学院社会学研究科修士課程修了した後、アメリカ・ハーバード大学で歴史学博士号を取得する。長年にわたって一橋大学のイノベーション研究センターで教授を務め上げ、現在は一橋大学名誉教授、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授として活動。世界元気塾塾長、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長でもある。各界で活躍する人材の“暗黙知”を共有する世界元気塾(​​https://sekaigenkijuku.com)も、CR-SIS同様に社会人の塾生を募集中。

“二十浪”の日本には抜本的な改革が必須。

――CR-SISの開学の経緯をお聞かせください。

米倉 日本は長く見ると30年、ひいき目に見ても20年の長期停滞を続けています。子どもの大学受験で例えれば、一浪や二浪ならばまだしも、さすがに“二十浪”しているということです。となれば、抜本的にやり方を変える必要があることは明らかです。

その時、今さら経済大国に復帰はできないでしょうし、政治大国などは器でもなく、軍事大国もあり得ない。では日本に何ができるのかと考えていくと、世界に「日本があってよかったな」と思われるような役回りだと考えました。長きにわたって培ってきた技術力や国際協力ノウハウなど駆使しながらSDGsを実践することで、将来的に発展していく国々にとって頼りになる存在になろう。そのために貧困や環境といった課題をイノベーションの力で解決する学校としてCR-SISを開学しました。

 

――どのような形式で展開されているのでしょうか?

米倉 カリキュラムは半年ごとで終了する形を取っていますので、2022年秋には6期目を迎えます。初期段階では東京のみの開催でしたが、ZoomをはじめとするWeb会議システムの発展により、今では青森、仙台、名古屋、広島、福岡に分校を設けるに至っており、さらには大阪会場の開設も検討中です。

現在はどこかの分校で行われる講義をZoom配信し、他地域の分校あるいは自宅などでも受講できる水平分業の構造を採用しています。1期につき120人ほどの学生が学んでいますが、その多くは社会人。一方で未来を担う若ものたちに道を開くべく、高校、大学、大学院からの奨学生を無料で受け入れています。さらには子どもたちの指導にあたる教員育成も重要と考え、中学・高校の先生も奨学生として無料で迎えています。

 

――教育内容の特徴をお聞かせください。

米倉 約17回の講義は大きく3つのモジュールに分かれています。第1モジュールはその分野のトップ講師からの座学からスタートします。SDGsやソーシャル・イノベーション、ESG経営といった言葉は毎日のように新聞を賑わせているものの、その中味については「今さら聞けない」という人は案外多い。そんな方たちのために、まずは基礎的な知識を徹底指導していきます。

第2モジュールは実際にソーシャル・イノベーションに関する活動している各界の有識者による講義を提供します。それも単に話を聞くだけではなく、受講生たちの戦略提言を講師にアウトプットする形を取っています。その理由は、「経営者の前で発表しなくてはならない」というプレッシャーがあると、準備過程でのインプットの吸収スピードが驚くほど加速するからです。最近の講義で言えば、“留職”という日本企業の社員を新興国NPOに送り出し、社内活性化や人材育成を行っているNPO法人代表に、「留職に応募する企業や社会人を爆発的に増や」すという提言をグループ・プレゼンさせました。しかも。全員が発表する時間はないため、プレゼンの代表権をめぐって厳しい事前コンペがあります。このピッチ形式の競い合いも我が校の特徴の一つです。

第3のモジュールは、受講生自身のアクション・プランを具体化する卒業レポート作成があります。ここでは卒業後自分の会社やコミュニティに帰った時に、明日からでも始められる社会課題の解決法をまとめてもらいます。

 

社会問題の解決に、本気で動き出しているプロジェクトも。

――学生を募るために工夫されていることはございますか?

米倉 是非大きな字で書いて欲しいんですが、まずは“破格”の授業料設定にしました(笑)。開校にあたって、サラリーマンが自腹を切れる限界額を考慮した結果、授業料は15万円(消費税別)ということにしました。講師陣を考えれば安すぎるかもしれませんが、「世界に日本があってよかった」と思われるような国造りをするためには、想像力と創造力(イマジネーションとクリエイティビティ)を併せ持った人材を育て上げ、より多くの社会課題を解決していくのが先決だと考えたのです。

日本のビジネスマンはものすごく力があるにもかかわらず、その力を自分の会社のためだけに使うに留まっています。二十浪をしている日本が視点を変える意味でも、自分という資源を会社以外に使うこと、いわば“2枚目の名刺を持つ”手助けをするのもCR-SISの狙いの一つとしています。

 

――卒業生たちはどのようなイノベーションを実践していますか?

米倉 創立2年目ながらも、少しずつ面白い事例が出てきています。例えば、農機具会社から参加した受講生と航空会社からの受講生が共同して、ナノバブル水流を用いてジェット機のエンジン洗浄ができないかという企画もありました。ジェット・エンジンは飛ばすたびに洗浄が必要で、1回に付き数千トンの水を消費するそうです。それではエコではないので、洗浄力の高いナノバブルを使って節約できなかと構想したのですが、航空機は規制が厳しがゆえに実現困難だとなりました。ところが、CR-SISのスポンサー企業の1社であるソフトクリーム・メーカーが、ナノバブルでソフトクリーム機械の内部を洗浄できないかと持ちかけ、異なる角度からプロジェクトが進んでいます。

また、廃校になった学校の給食用キッチンを活用して、周辺企業に弁当を提供するというプロジェクトもスタートしています。調理するのは地域に住む高齢者。さらに地元の大学生がアプリを使って弁当発注システムを作り上げています。ソーシャル・イノベーションは善意だけでは成り立ちません。ビジネスの視点でサスティナブルな形態を考えていかねばならないのですが、廃校した学校のキッチンを活用し、地域の高齢者の雇用を生み出し、大学生が持っているIT能力を利用して、働く人の食事を支えるこのプロジェクトは、まさにソーシャル・イノベーションの観点から優れたアイデアです。

 

弱いときこそ、強いものを強くするべきである。

――日本の学ぶ環境について、どういう状況にあると捉えていらっしゃいますか?

米倉 かつて、文科省のスカラシップを介してルーマニアから一橋大の僕のゼミに留学にきた学生がいました。彼は日本のアニメや漫画に憧れて日本が好きになったと話していました。1年間一橋で勉強した結果、彼が導き出した結論は「自分がやりたかったのはこれじゃない」。結局、彼はグラフィックスやアニメーション分野での最高峰デジタルハリウッド大学院に再入学していきました。彼らは日本国内で偏差値が高いなどという観点で進路を判断していない。日本で学ぶ本当の強みを求めていることがわかりました。

専門学校もそうですが、昨今、高専などにも光が当たっており、本当に強いもの・好きなもの・やりたいものを伸ばす教育の流れが出てきています。今までの日本の問題点は“ないものを嘆く”ことでした。しかし、弱っている時こそ、”あるもの”や強いところを強くしなくてはいけないのです。今後、自分たちの中に外部の組織や機関の知識・技術・ノウハウなどを組み合わせていく「オープンイノベーション」が進んでいきます。自分たちが強みを持っていなければ、異分野で強みを発揮する相手から選ばれることはありません。だからこそ、教育も“強いものを強く”していくべきだと思います。

 

――学ぶことに対して躊躇している人もいますが、どういうふうに背中を押せばいいでしょうか?

米倉 学生にはいつも話しているのですが、18歳や22歳の時点で「人生を決めろ」と言われても無理な話ではあります。僕自身を振り返っても、人生が始まるのは30歳過ぎくらいでした。したがって、学生には20代ではどこでもいいから一生懸命働く。そうすると27〜8歳で本当に向いていること、やりたいことが見えてくる。その段階で30代以降にプロとして生きる準備・勉強をしていくべきだと話しています。そのために大学院や専門学校などをどんどん利用すべきです。

特に、若い人たちには“就社”ではなく、“就職”という視点を持って欲しい。名の知れた大手企業を目指すのでなく、財務でも、経理でも、技術でも、マーケティングでも何でもいいので、特定の職のプロになることを勧めたい。これからの時代、ある段階での有名会社に入ったところで昔のように一生に雇ってくれる保証もその会社が存続する保証もありませんから、「自分が何の道で生きるのか」を極めていくのが大切になってくると思います。将来自分は財務・経理のプロとしてCFO(チーフ・ファイナンシャル・オフィサー)になると決めていれば、途中会社が変わっても倒産しても生きていける。それが就社ではなく「就職」だからです。

社会に出てから再び勉強したくなる時は必ず来ます。そんな時に専門学校も含めた様々な教育機関を活用して自分の未来を自分で決めていくことは極めて重要です。

 

――専門学校に期待していらっしゃることはございますか? 

米倉 これからのリスキリングの中で大事なのは、異質の人たちとの出会いです。社会人にとっての専門学校は、知識を学ぶのはもちろん、異質な考え方や思考法を持っている人たちと一緒に学び合うことができる場であることです。専門学校の場合、社会人経験がある講師が多いと聞きますが、そういう意味では学び直しにはすごくいい環境ではないでしょうか。

実は大学の教壇に立っている自分たちは、学校の外のことを良く知らないがゆえに、どうしても知識伝授型になりがちです。それはそれで重要ですが、リカレント教育では社会人から教えられることも多かったりします。その意味で、多様な人材がかかわっている専門学校には多くの可能性が秘められているのではないでしょうか。

地方都市にはさまざまな専門学校が存在しており、地域と連携して課題解決をしているそうです。東京一極集中型の解決法では限界があり、これからの日本を救っていくのは地域特性を活かした自律分散型の多極化だけだと僕は思っています。専門学校には自律分散型の多極化構造の核となり、サスティナブルな日本を創っていくための基盤となって欲しいと思います。

 

 

――社会人の学びに関して、どういう視点で行っていくべきだとお考えですか?

米倉 学ぶというのは自分の視野・視点を常に広げることだと思います。しかし、日本の場合、学ぶ選択肢が“グループ・シンク(group think)”であるケースが多く、同じような経験や同じような考え方をもった人が、同じような議論しているところがあります。グループシンクは「集団思考」と訳されますが、正しくは「集団浅慮」と訳されるべきで、同じような人間ばかりで議論をしていると、前提を疑わなくなり思考がどんどん浅くなるということです。

今後、学びにとって重要なのは多様性であり、ダイバーシティ・シンクです。「上司が言ったから」「顧客が望んでいるから」「これまで上手くいったから」といった方向になりがちなグループ・シンクに対して、多様性を土台にしたダイバーシティ・シンクならば「そもそも、そうでしたっけ?」「本当ですか?」「鵜呑みにしてませんか?」という疑問を投げかけることができます。人と違うように考えることは価値となり、視点転換を生み出すのです。

20世紀前半に活躍した経済学者シュムペーターはイノベーションの父と言われていますが、彼はイノベーションを単純に2つの分類で語っています。1つは新しいことをやること。もう1つは既にやられていることを新しくやることだとしています。

この新しくやるというのは「in a new way」、つまり新しいやり方でやること。そして「in a new way」に立つには、視点が変わらないと出てきません。なるべく違う世界に出ていって多様な視点を養い、「in a new way」の力を身につけることが重要ではないでしょうか。

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